伝説のライダーバレンティーノ・ロッシとヤマハ

ヤマハで多くのタイトルを獲得したロッシの引退

ヤマハの伝説的とも言えるライダー、バレンティーノ・ロッシが、2021年のMotoGP世界選手権のレースを最後に引退することが発表されました。
実に26年にわたって2輪車レースにおいて輝かしい戦績を残していて、間違いなくバイクロードレースの歴史に名を残すライダーとなりました。

2輪ロードレース世界選手権では、チャンピオン獲得回数がなんと9回にも上っていて、バレンティーノ・ロッシが出れば勝ちが見えてくるとさえ感じられるレースを実現してくれました。
その記録は3位が40回、2位が46回、そして優勝56回というものです。
優勝の確率が他の順位よりも高いというのは、バレンティーノ・ロッシならではのすごさを示すものです。

ヤマハは1961年にMotoGPに初参戦を果たして以来ずっと上位クラスに留まっていますが、その歴史を築いてきたのは優秀なライダーを見つけ契約し、その後も良好な関係を築いてきたからです。
その一人として、バレンティーノ・ロッシはとりわけ長くトップライダーとして君臨してきました。
そのため、ヤマハのみならずモータースポーツという世界全体に与えた影響の高さから、「コミュニケーションプラザ」というヤマハのミュージアムでバレンティーノ・ロッシの記念展を開催しています。
ここではバレンティーノ・ロッシの戦績の紹介と共に、選手が使ってきた歴代のマシンを展示しています。

バレンティーノ・ロッシが使った歴代マシンについて

バレンティーノ・ロッシ選手は2004年にヤマハのワークスチームに加入してから、実に16年という長い期間ヤマハの勝利に貢献してきました。
そのためいくつもの異なるマシンを使ってきて、合計で16台にもなります。
ヤマハは2002年にファクトリーマシンとして、YZR-M1を開発してレースに使用してきました。
その後もずっと同じベース車を使っていますので、バレンティーノ・ロッシもやはりベース車は常にYZR-M1に乗ってきたわけです。

しかし、毎年ヤマハチームは様々な改良を加えてきましたので、同じYZR-M1であっても性能や特性は徐々に変わってきています。
また、46番というバレンティーノ・ロッシの番号以外のボディーデザインも毎年変更されていて、年ごとの違いをチェックするのも一つの楽しみです。

実際にマシンを比較してみると、フロント部分のカウルやウィンドスクリーンなどの形状が変わっていることにすぐに気付くはずです。
抵抗を抑えるための微妙な調整が細かくなされていたことが分かります。
また、内部を見ないと分かりませんがサスペンションやエンジンチューニングもかなり16年の間で変わっていて、同じベースであるとはいえ相当の変化を経てきたことが理解できます。

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